1.認知症とはどういうものか?

脳は、私たちのほとんどあらゆる活動をコントロールしている司令塔です。それがうまく働 かなければ、精神活動も身体活動もスムーズに運ばなくなります。
認知症とは、いろいろな原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったためにさま ざまな障害が起こり、生活するうえで支障が出ている状態(およそ6ヵ月以上継続)を指し ます。
認知症を引き起こす病気のうち、もっとも多いのは、脳の神経細胞がゆっくりと死んでいく 「変性疾患」と呼ばれる病気です。アルツハイマー病、前頭・側頭型認知症、レビー小体型認知症などがこの「変性疾患」にあたります。 続いて多いのが、脳梗塞、脳出血、脳動脈硬化などのために、神経の細胞に栄養や酸素が行き渡らなくなり、その結果その部分の神経細胞が死んだり、神経のネットワークが壊れてし まう血管性認知症です。

2.認知症の症状 -中核症状と行動・心理症状

脳の細胞が壊れることによって直接起こる症状が記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下など中核症状と呼ばれるものです。これらの中核症状のため周囲で起こっている現実を正しく認識できなくなります。
本人がもともと持っている性格、環境、人間関係などさまざまな要因がからみ合って、うつ状態や妄想のような精神症状や、日常生活への適応を困難にする行動上の問題が起こってきます。これらを行動・心理症状と呼ぶことがあります。
このほか、認知症にはその原因となる病気によって多少の違いはあるものの、さまざまな身体的な症状もでてきます。とくに血管性認知症の一部では、早い時期から麻痺などの身体症状が合併することもあります。アルツハイマー病でも、進行すると歩行が拙くなり、終末期まで進行すれば寝 たきりになってしまう人も少なくありません。

中核症状

症状1 記憶障害

人間には、目や耳が捕らえたたくさんの情報の中から、関心のあるものを一時的に捉えておく器官(海馬、仮にイソギンチャクと呼ぶ)と、重要な情報を頭の中に長期に保存する「記 憶の壺」が脳の中にあると考えてください。いったん「記憶の壺」に入れば、普段は思い出さなくても、必要なときに必要な情報を取りだすことができます。
しかし、年をとるとイソギンチャクの力が衰え、一度にたくさんの情報を捉まえておくことができなくなり、捕まえても、「壺」に移す のに手間取るようになります。「壺」の中から必 要な情報を探しだすことも、ときどき失敗します。年をとってもの覚えが悪くなったり、ど 忘れが増えるのはこのためです。それでもイソギンチャクの足はそれなりに機能しているの で、二度三度と繰り返しているうち、大事な情報は「壺」に納まります。
ところが、認知症になると、イソギンチャクの足が病的に衰えてしまうため「壺」に納めることができなくなります。新しいことを記憶できずに、さきほど聞いたことさえ思い出せないのです。さらに、病気が進行すれば、「壺」が溶け始め、覚えていたはずの記 憶も失われていきます。

症状2 見当識障害

見当識障害は、記憶障害と並んで早くから現われる障害です。
※ 見当識(けんとうしき)とは、現在の年月や時刻、自分がどこにいるかなど基本的な状況を把握することをいいます。
まず、時間や季節感の感覚が薄れることから
時間に関する見当識が薄らぐと、長時間待つとか、予定に合わせて準備することができなく なります。何回も念を押しておいた外出の時刻に準備ができなかったりします。
もう少し進むと、時間感覚だけでなく日付や季節、年次におよび、何回も今日は何日かと質問する、季節感のない服を着る、自分の年がわからないなどが起こります。
進行すると迷子になったり、遠くに歩いて行こうとする
初めは方向感覚が薄らいでも、周囲の景色をヒントに道を間違えないで歩くことができますが、暗くてヒントがなくなると迷子になります。
進行すると、近所で迷子になったり、夜、自宅のお手洗いの場所がわからなくなったりします。また、とうてい歩いて行けそうにない距離を歩いて出かけようとします。
人間関係の見当識障害はかなり進行してから
過去に獲得した記憶を失うという症状まで進行すると、自分の年齢や人の生死に関する記憶
がなくなり周囲の人との関係がわからなくなります。80歳の人が、30歳代以降の記憶が薄れてしまい、50歳の娘に対し、姉さん、叔母さんと呼んで家族を混乱させます。
また、とっくに亡くなった母親が心配しているからと、遠く離れた郷里の実家に歩いて帰ろうとすることもあります。

症状3 理解・判断力の障害

認知症になると、ものを考えることにも障害が起こります。具体的な現象では次の変化が起こります。
①  考えるスピードが遅くなる
逆の見方をするなら、時間をかければ自分なりの結論に至ることができます。急がせないことがとが大切です。
②  二つ以上のことが重なるとうまく処理できなくなる
一度に処理できる情報の量が減ります。念を押そうと思って長々と説明すると、ますます混乱します。必要な話はシンプルに表現することが重要です。
③ 些細な変化、いつもと違うできごとで混乱を来しやすくなる
お葬式での不自然な行動や、夫の入院で混乱してしまったことをきっかけに認知症が発覚する場合があります。
予想外のことが起こったとき、補い守ってくれる人がいれば日常生活は継続できます。
④ 観念的な事柄と、現実的、具体的なことがらが結びつかな観念的な事柄と、現実的、具体的なことがらが結びつかなくなる
「糖尿病だから食べ過ぎはいけない」ということはわかっているのに、目の前のおまんじゅうを食べてよいのかどうか判断できない。「倹約は大切」と言いながらセールスマンの口車にのって高価な羽布団を何組も買ってしまうということが起こります。また、目に見えないメカニズムが理解できなくなるので、自動販売機や交通機関の自動改札、銀行のATMなどの前ではまごまごしてしまいます。全自動の洗濯機、火が目に見えないIHクッカーなどもうまく使えなくなります。

症状4 実行機能障害

計画を立て按配することができなくなる
スー パーマーケットで大根を見て、健康な人は冷蔵庫にあった油揚げと一緒にみそ汁を作ろうと考えます。認知症になると冷蔵庫の油揚げのことはすっかり忘れて、大根といっしょに油揚げを買ってしまいます。
ところが、あとになっていざ夕食の準備にとりかかると、さっき買ってきた大根も油揚げも頭から消えています。冷蔵庫を開けて目に入った別の野菜でみそ汁を作り、冷蔵庫に油揚げが二つと大根が残ります。こういうことが幾度となく起こり冷蔵庫には同じ食材が並びます。
認知症の人にとっては、ご飯を炊き、同時進行でおかずを作るのは至難の業です。健康な人は頭の中で計画を立て、予想外の変化にも適切に按配してスムーズに進めることができます。認知症になると計画を立てたり按配をしたりできなくなり、日常生活がうまく進まなくなります。
保たれている能力を活用する支援
でも、認知症の人は「なにもできない」わけではありません。献立を考えたり、料理を平行して進めることはうまくできませんが、だれかが、全体に目を配りつつ、按配をすれば一つひとつの調理の作業は上手にできます。「今日のみそ汁は、大根と油揚げだよね」の一言でひとつの調理の作業は上手にできます。「今日のみそ汁は、大根と油揚げだよね」の一言で油揚げが冷蔵庫にたまることはありません。「炊飯器のスイッチはそろそろ入れた方が良いかな?」ときいてくれる人がいれば、今までどおり、食事の準備ができます。こういう援助は根気がいるし疲れますが、認知症の人にとっては必要な支援です。
こうした手助けをしてくれる人がいれば、その先は自分でできるということがたくさんあります。

症状5 感情表現の変化

認知症になるとその場の状況が読めない
通常、自分の感情を表現した場合の周囲のリアクションは想像がつきます。私たちが育ってきた文化や環境、周囲の個性を学習して記憶しているからです。さらに、相手が知っている 人なら、かなり確実に予測できます。
認知症の人は、ときとして周囲の人が予測しない、思いがけない感情の反応を示します。それは認知症による記憶障害や、見当識障害、理解・判断の障害のため、周囲からの刺激や情報に対して正しい解釈ができなくなっているからです。
たとえば「そんな馬鹿な!」という言葉を、認知症の人は、その場の状況を読めずに自分が 「馬鹿」と言われたと解釈して、相手に対し怒りの感情をぶつけてしまいます。怒られた人 はびっくりしてしまいますが、認知症の人の行動がわかっていれば、少なくとも本人にとっ ては不自然な感情表現ではないことが理解できます。

行動・心理症状とその支援

自信を失い、すべてが面倒に
記憶障害や見当識障害などの「中核症状」がもとで、本人の性格、環境、人間関係などの要因がからみ合って、精神症状や日常生活における行動上の問題が起きてくることを、「行動・心理症状(BPSD)」と呼びます。

症状1 元気がなく、引っ込み思案になることがある

周囲が気づく前から、本人は何かおかしいと気がついています。これまでテキパキとできていた料理も手順が悪く、時間がかかるうえに、うまくできなくなります。
家の整理、整頓や掃除もできなくなります。片付けるつもりが散らかって収拾がつかなくなり、室内はごちゃごちゃ、大事なものは見つからなくなってしまうことになります。
意欲や気力が減退したように見え、うつ病とよく間違えられます。周囲からはだらしなくなったと思われることがあります。
自信を失いすべてが面倒になり、以前はおもしろかったことでも、興味がわかないという状態がでてきます。

将来に望みが持てなくなりうつ状態になることも
能力の低下を強く自覚し、認知症に関する本で調べたりしている人もいます。本人に恥をかかせないように、自信をなくすような言葉はさけ、本人の尊厳を傷つけるようなことがないようにすることが重要なサポートです。
「できることをやってもらう」ことは必要ですが、できたはずのことができなくなるという体験は、本人が自信をなくす結果になって逆効果です。
それとなく手助けをして成功体験に結び付ける支援が重要です。

症状2 認知症が進行すると身の回りの動作に支障がでてくる

更衣、入浴、食事、排泄など基本的な生活動作に援助が必要となります。特に、排せつの失敗は本人にとって非常につらい出来事といえます。しかし、まわりの対応で本人のプライドに傷をつけずにすみます。
① トイレの場所が分からなくなる
場所の見当識障害がおきます。最初は夜間だけだったものが、その後日中でもわからなくなります。
トイレの場所をわかりやすいようにドアに「トイレ」表示をつけておいたり、間違いやすい場所のドアを隠します。夜間は、廊下の明かりをつけておく、トイレの明かりをつけドアを開け放しておくといった対応が考えられます。
② 衣類の脱着に手間取って汚してしまうことがおきる
運動障害などを伴う認知症の場合は着やすく、脱ぎやすく着慣れている服を身に着けるようにしましょう。
③ 尿意、便意を感じにくくなる
排尿、排便の周期を観察して、定期的なトイレ誘導で対応ができます。排尿の失敗には身体の病気が原因のこともあります。周囲の人はこの視点からも気にかける必要があります。

症状3 周囲の人が疲弊するもの盗られ妄想

しまい忘れをきっかけに、もの盗られ妄想がおきます。なくした物が出てくればそれでおさまる妄想ですから、周囲の人はあまり深刻にならず、疑われている介護者が疲弊しないよう、心理的な支援をすることが大事です。こういう妄想は時期が来れば自然に見られなくなります。

もの盗られ妄想がより複雑な妄想になることがある
妄想的になりやすい素質を持った人にストレスがかかったとき、単純なもの盗られ妄想から「家の財産をねらっている」とか「家を乗っ取られる」といった妄想に発展します。訴えがオーバーだったり、執拗だったりするときは、妄想の対象となっている人を守るためにも、本人の症状を軽減するためにも、認知症をよく理解している専門医に相談することが重要です。

症状4 日常生活に支障が出てくる行動障害

「徘徊」は原因を考えて対応する
自分のことや周囲で起こっていることが正しく把握できなくなると、行動がちぐはぐになり、日常生活にも支障が出てきます。は原因を考えれば対策もでてきます。徘徊を例に原因と対策を考えてみましょう。

徘徊の原因と対策

図書館で数時間過ごすのが日課のAさん。冬の日いつもより2時間遅くでかけたため、暗くなった帰り道、道にまよい夜遅く疲れ果てて自宅に戻ってきた。➡場所の見当識障害が原因です。昼間、風景が見えれば大丈夫なので明るいうちに帰れるように工夫すれば一人で活動できます。
Bさんは、日曜日の朝、通っている教会に行こうと自宅をでたが、迷子になり、昼過ぎとぼとぼ帰宅した。➡見当識障害が進んでいるので、送り迎えをすることを考えましょう。
Cさんは、夕方になると、遠くの郷里に言ってたびたび家を出ていこうとするが、ある日、介護者が目を離した隙に出て行き、行方不明になり、翌日、思いがけない場所で保護された。➡Cさんの症状は、脳の活性が徐々に下がってくる夕方に、場所や時間の見当識障害が深まることがあります。昼寝などで夕方の意識をはっきりさせ、場合によっては薬を使います。
Dさんは、妻と買い物の途中、行方不明になった。2日後に遠く離れた町で保護された。➡常に誰かの見守りが必要になります。介護の支援を考えましょう。
Eさんは、家の中でも外でも、じっとしていないで歩き続ける。人や物を押しのけ、突き飛ばしてとにかく歩く。➡常に誰かの見守りが必要で、介護の支援が必要です。薬物療法が有効な場合があります。
前半は厚生労働省政策レポートから引用
「行動・心理症状とその支援」はNPO法人地域ケア政策ネットワーク発行「キャラバン・メイト養成テキスト」(2017.11)から引用